【よくできた幸福な人生】

 

高校の部活動の先輩 トランペットを吹く僕の憧れ

いつかあんな風に上手くなれたらってよく教えてもらった

そんな感情がいつから変わっていったのかはもう覚えていない

だけどふたりで見に行った海の青さは今でも覚えている

 

進学では遠く離れ離れ 新幹線でも三時間の距離

やり取りは電話やメールだけですれ違いだけ増えていった

喧嘩のたびに別れが近づいているのかもねと頭をよぎる

だけど僕が駄目になりそうなときに来てくれたことは嬉しかったな

 

日々の喧騒の中に 置き忘れてきたみたいだ ほどけてしまわないように

 

あなたの声が いつもとなりで聞こえたから

救われてきたことにさえ気付けなかったんだよ ほんと馬鹿な奴だ

あなたの声で 僕の名前を呼んでくれよ

僕の薄汚れた心を洗い流してくれよ いつものようにさ

 

就職は地元でエンジニア 安いアパートを借りてふたりで

「いつかは大きくて素敵な家に住みたいね」と夢のまた夢

一世一代のプロポーズはそれから二年後の冬のことで

驚いていたあなたの顔を見て僕は思わず吹き出した

 

月日は流れる 一瞬の間に 笑ったり泣いたり 「退屈はしないよね」

「白い髪が増えたね」「うるさいよ、お前もね」 ふたりの笑う声 月日は流れる

 

今、真っ白な病室のベッドで あなたの手の温もりを感じている

ただそれだけで僕の人生は素晴らしかったって言える

こんな欠点だらけの僕には出来すぎたハッピーエンドだろうな

                  僕はほんとに幸せな奴だよ 

 

あなたの声が ここで最期に聞こえるなら

他に何もいらないのさなんて精一杯格好つけるから

あなたの声で 僕の名前を呼んでくれよ

僕のありふれた人生に明かりを灯してくれよ いつものようにさ